SANplusICHI

「反省しろ、まずはそれから」

彼が過食症だったなら。

シャーロックが過食症だったらって話。


「ジョン、ご飯にしよう」

最近、よく聞くようになった言葉だった。以前は食べることによって脳が鈍るだのなんだの、ジョンが促さなければ食事を摂らなかったあのシャーロックの言葉である。
ジョンは医者として、友人としてそれは喜ばしいことだと思っていた。“あの”シャーロック・ホームズが食事するコトに対して意欲を示したのは良い傾向だと。だからこそジョンは

「そうだね!何食べよう?」

と笑顔で返事したのだ。彼もやっと人間らしい部分を自分に見せてくれるようになったのだと思っていた。

3食とも中華料理なんてジョンの方が胃がもたれる様な日もあれば、たまにはとスーパーマーケットで食材を買っては家で食事を摂る日もあった。
それも朝・昼・晩の3食!(もちろん、彼が料理したのでなくハドソン夫人が料理してくれたのだけれど)
ああ、これこそ人間の食生活!とジョンはシャーロックのフラットメイトになって初めて実感した感覚をかみ締めていた。
食事をしながらでも人を観察し饒舌に回る回る口先は今までと変わらないが、静かになったと思ったら出されてくる料理を口にしてる!彼が!“あの”シャーロック・ホームズが!

そんな“人間的生活”をしていたある日、ジョンは歩く政府機関たる男に呼び出された。いつものように拒否権すら却下する威圧感を醸し出した車に乗せられて。(電話してくれ!)

「近況は?」

にっこり、と擬音語を付けて政府が言った。いや、歩く政府機関たる目の前の男が言った。今日は雨でも降るんだろうか、傘なんて持って。(いつか質問してみたら「英国紳士の嗜みだよ」とだけ返された。ああ、そうですか。)

「特に変わったことは…。」
「そうか。」

彼はシャーロックの兄で、彼曰くシャーロックの“宿敵”だそうだが、ジョンから言わせればブラコンだ。なんだかんだと面倒見の良い兄ではないか。こうしてジョンにシャーロックの近況報告させる程度には。(ジョンがフラットメイトになるまではどうしていたのだろう、と思ったが怖い考えに至ったので考えるのを止めた。)

「ああ、そういえば最近シャーロックがよく食事をするようになりました。朝・昼・晩、ちゃんと3食。」
「………またか。」

「またか」とはどういう意味だろう。問おうとして言葉を遮る様に、彼から問われる。

「いつから?」
「あー…先週?いや、先々週の中日くらいかな…。」
「ドクター、君の見解は?」
「素晴らしいことじゃないですかね。彼は僕が促さなければ食事しなかったから。」
「指を見たかね?」
「指?男同士でじっくり指を見ることなんてあります?僕はゲイじゃない。」
「じゃあ、じっくり見てみることだ。男同士でも医者と患者なら問題ない。」
「患者?そういえば先ほど“またか”と言ってましたよね?どういう意味なんですか?」
「あの子は以前、過食症だったんだ。治ったと思っていたんだが。」
「過食症…シャーロックが?」
「そうだ。注意してくれ。医者として、期待している。」

まさかと思った。
シャーロックの言う通り、僕はなんてバカなんだ!一緒に暮らしていて分からないなんて!医者なのに。友人なのに!
帰りの車の中で早くシャーロックに問い質したくて足元をジタバタさせていたらアンシアにジロリと見られたが気にしなかった。



「家族でも5年気付かなかったんだ。1~2週間で気付くとは大した腕だ。誇っていい。」

しれっとソシオパスは言ってのける。
君と3食を共に食べられる喜びは一体なんだったんだ、とか、なんで言わないんだ、とか、ああ僕はまだ君に信用されてないのかな、とか、やっぱり指に吐き胼胝が出来てるじゃないか!とかそれはもう色んな言葉や様々な感情がぐるぐるとジョンの脳内をマーブルに染めていく。
君の体を大事に思っているのは君じゃなくて僕の方かもしれない。君が体調を崩しても君は飄々としてられるかもしれないけど僕の方が取り乱してしまう。医者だからかな。友人だからかな。
そして、咄嗟に出た言葉が

「君の体は君だけのモノじゃない」

あ、間違った。って、オイ、シャーロック「なに言ってんだコイツ」って顔は止めろ。

ガシャンッと大きな音がしたと思って振り返ると、階段でハドソン夫人が持っていたお皿を落とした。盛られた料理ごと。
ああもしかして今の聞かれて大いなる勘違いを…違うんですハドソンさん!

「大丈夫よ…!お隣さんも同種だから!」

違うんですってば!ハドソンさん!
声に出して叫びたいのに、ジョンは自分が招いた状況に余計に混乱してきた頭を抱えた。

僕はゲイじゃないって否定するのもそうだけどそうなるときっとシャーロックはその流れに乗って過食症のことも流してしまうだろう一刻も早く止めさせた方がいいに決まってる過食症ってどうやって治すんだったかな内科は専門じゃないっちゃないけど聞いたことあるのは精神療法と薬物療法で薬物療法は精神科にいかなきゃならないけどコイツ絶対行かないだろうし行ったところで精神科の医者を論破しそうだしなぁやっぱり精神療法だよな精神療法って詳しくはどうしたらいいんだったかな愛だのなんだの言ってたような気がする根気強く向き合うとかそういうコトだったかなでも自分ですら自分の足が精神的な意味で動かないのを治せなかったのに僕に出来ることってなんだっけえーっとえーっと

「君を愛す!」

とか?






頭の中がごちゃごちゃぐるぐるしているジョンの発言にシャーロックは噴出した。

「ああ、ありがとうジョン。でも僕はゲイじゃない。」
「………僕もだよ。」





次の日、シャーロックは以前のようにまた食事を摂らなくなった。ジョンが促した時以外は。




2013年2月8日