SANplusICHI

「反省しろ、まずはそれから」

きみのためなら死ねる

メルルとダリルと子供の話


「死にたくない」という気持ちが強まって
「死んでもいい」という気持ちが芽生えた



弟が至極いとおしそうな顔をして赤ん坊を「アスキッカー」と呼んで抱いてた。
慣れない手つきで哺乳瓶を持ってミルクをやるもんだから、つい口を出してしまう。

「下手くそめ。見てるコッチがハラハラするぜ。」
「は?じゃあ兄貴は上手いのかよ。」

ダリルが不服そうに言って、赤ん坊と哺乳瓶を渡してくる。

「やめろ。」
「やっぱデキネーんじゃねぇか。」

ダリルが勝ち誇った顔でそう言うもんだからカチンときた。
ふざけたことぬかしてンじゃねーよ。幼いお前の面倒見てやったのは誰だと思ってやがる。

「貸せ」
「おっ」

ダリルの腕から赤ん坊と哺乳瓶を奪い、難なくミルクをやると「おぉ…」なんて感嘆してやがる。
ほら見たことかよ。お前のオシメだって替えてやってたんだぞ、俺は。

ダリルを横目に内心勝ったような気でいると、アスキッカーが「んくんく」言い出したので、もしかしてと思って抱き直して軽く背中を叩いてやると「けぷっ」とミルク臭いゲップを俺の背中に吐き出した。
ダリルはその一連の流れを見て、思わず噴き出した。

「アンタも丸くなったもんだな。」

穏やかに言ってんじゃねぇよ。お前ほどでもねーよ。

久しぶりに抱く赤ん坊の高い体温に何故か、胸の奥がざわついた。
お前の時にやったような苦労はこりごりなんだよ、俺は。
このざわつきは、きっとこの赤ん坊の面倒見るのが嫌な証拠だ。


赤ん坊もガキも本当に嫌いなんだ。
弱くて、誰かが守ってやらないと今にも死にそうだからだ。この世界になって余計に嫌いになった。


*****


ダリルが子供の頃、それも確か5才くらいまでは何かと病気になってた。
俺たちの両親はガキが熱出そうが放ったらかしだったから、あの時はこの小さくて弱っちい弟がマジで死んじまうんじゃねぇかと、本気で焦った。
俺もガキだったから、どうしてやったらいいのかすら分からなくて、半泣きになりながら母親に頼んだら「忙しいのよ」っつって張っ倒されただけだった。
高熱で苦しそうにうなされる弟に、兄として何もしてやれない自分の無力さが悔しくて、あいつの枕元で泣いてたっけな。
俺が人生で初めて神に頼ったのはあの時だった。
『神様、どうか俺の弟を助けてやってください』ってな。
次の日、熱が下がった弟がけろっとしてた時には心底神の存在を信じた。
(その後の人生で神なんて居ないっつー出来事ばっかですっかり信仰心は無くなってたが)


*****


刑務所の連中にジュディスと呼ばれるその赤ん坊は、握り潰せるンじゃねーかと思えるほど小さかった。
あんなのが居たんじゃ、ガバナーたちに太刀打ちできないだろう。ガキは集団にとっては弱点になる。


ダリルにジュディスを抱かされた後、リックに『ミショーンを差し出す』と聞かされた。
ジュディスはリックの子供らしいし、奴にはジュディス以外にもカールという子供が居た。
集団を守るために『ガバナーの提案を飲む』んじゃなくて、子供のためを思っての判断だということは、一緒に居た時間が短い俺でも分かった。
(「俺たち兄弟にもこんな親が居たらな」なんて思ってたのは死んでからも暴かれたくない秘密だ。)

だが、リックが今だその判断が正しいものであるのかを迷っているのも分かった。
きっと「やはり出来ない」と意見を覆す気がした。

でも俺はその判断が間違ってるものとは思えなかった。
何かを犠牲にしても子供を守ろうとしてンのは羨ましいとさえ思えたんだよ。
ガキの頃の俺にはそれが出来なかった。

ダリル、お前を守ってやれなかったことを俺はずっと後悔してる。
あの時は神に頼るだけしか出来なかったが、今の俺なら出来ることがある。


ガキなんか嫌いなんだよ、俺は。
誰かに守ってもらわなきゃ死んじまうなんて、弱っちいだろ。


だから、俺が死んでも守ってやるよ。



2014年12月1日