SANplusICHI

「反省しろ、まずはそれから」

知らなかったこと、知らないままでいること

ツイッターでつらつら語ってた話です。
ざっくりした内容はツイート見てもらった方が分かるかもしれません。
注意点:名も無きモブキャラ多数/モブ幼アサ/暴力表現


アーサーが最初に男に抱かれたのは、まだ下の毛も生え揃っていなかった頃だと記憶している。彼を拾い、育てていた姉たちは売春宿で暮らす女だった。もちろん仕事は男の相手をすること。

ある日、姉の一人が相手していた男がとても乱暴だった。アーサーや女たちが暮らすその場所にとって、暴力は特に珍しいことでもなかったが、その日の男の荒れっぷりは酷いものだった。
ベッドの上で女の顔を殴るに飽き足らず、彼女の長い髪を引っ張り、ベッドから引きずり降ろして腹を蹴った。意味を為さない男の怒鳴り声や、姉の悲鳴、非情な暴力の音を聞き、アーサーはその現場に駆け付けた。まだ幼い自分に何か出来るとも思っていなかったが、体が勝手に動いた。部屋の前に来ると、姉の痛ましい姿が目に入り思わず「やめろ!」と中に入ってしまった。少年のその果敢な姿を見て、男はやっと手を止めた。

「なんだ?止めろだと?俺はこの女を一晩買ったんだ。どう扱おうが、俺の自由だろう。」
「ね、姉さんが、痛がってる…」

少年の白く細い喉から震える声が出た。怖かった。これ以上、大事な家族が傷つけられることが。顔を殴られて頬が腫れて、口や鼻から血を流した姉がそのまま殺されるのではないかと思った。

「じゃあお前が相手になるか?」

男が笑うような声で言う。
そこでやっとアーサーは男を見た。喉元まで蓄えた髭とは反比例して頭は禿げていて、ニヤニヤと下品に笑っているせいで見える歯は何本か欠けているし、全体的に黄色い。腹は大きく出ていて、肌は見るからにザラザラしている。体には点々とイボがあり、顔はニキビの潰れた痕だらけ。大人の男になったアーサーが過去を振り返った時に「大金を払わねば女も抱けないブ男」と評価するに値した。

「え?」

姉たちがしている仕事を全然知らない、というわけでもなかったが、突然の提案に自分とその仕事が結びつかなかった。

「何言ってるの!?私でいいでしょ!その子は駄目よ!」

それまで苦痛で沈黙していた姉が、食ってかかるように男に縋りついた。男は心底うざそうな顔をして、姉を蹴り上げ、髪を引っ掴んで更に殴りかかろうとした。

「わかった!なんでもする…!だからもう姉さんを殴るな!」

アーサーが咄嗟にそう言うと、男は汚い歯を見せてニヤリと笑い、姉の髪を引っ張って部屋の外に追い出した。「やめて!アーサー!だめよ!」外から姉の泣くような声が聞こえる。
「これで姉さんは安全だ」と思うと、不思議とアーサーの心は落ち着いた。これからどんなに恐ろしいことをされるのか、分からないでもなかったのに。

男は子供だからと配慮せず、姉にしたように罵り、殴り、蹴り、犯した。
普通の子供なら泣きわめき、助けを乞うような恐怖と痛みだった。しかし大切な家族を守れた達成感が、アーサーの恐怖心や痛覚を麻痺させていた。男も、まるで人形のような反応しか返ってこないアーサーを少し不気味に思った。

最後、男は面白くなさそうにアーサーをベッドに投げ捨てて出て行った。扉に手をかけ「次こそ泣かせてやるからな。」なんて捨て台詞を吐いていったが、気を遠くにやったアーサーに届いていなかった。

アーサーの初体験は、殴られたり蹴られたりするのと同等程度にしか扱われなかった。これ以前から、姉たちが生活の為にしている仕事としか認識していなかったが、今回の経験のせいで今後彼にとって、セックスはその程度のものとしか思えなくなった。


「アーサー…アーサー、返事してよ。ねぇ…」

アーサーを呼ぶ姉の声に目を覚ました。
殴られて目の上が腫れているのか、まぶたがいつもよりも重かった。見慣れた天井を見て、自分のベッドに寝かされているのが分かった。横を見ると、顔にたくさん痣を作った姉が祈るようにアーサーの手を握り、突っ伏している。

「姉さん…だいじょうぶ?」

アーサーの声に反応し、バッと顔をあげた姉の目は溶けてしまいそうな程に涙で溢れていた。

「アーサー!アーサー!なんてこと…!心配したんだから!このまま死んじゃうんじゃないかって…!」
「俺は…だいじょうぶだよ…」
「大丈夫なもんですか!」

姉はアーサーの頭を抱き寄せ、わんわん泣いた。どんなに酷い目に遭わされても、「これが仕事」と割り切って生きてきた彼女も、今回のことは耐えられなかった。彼女もまた、自分が傷つくよりも家族が傷つく方が耐え難い人だった。

「(絶対守らなきゃ…こんなの許されていいはずない…)」

アーサーは傷だらけの手でそっと姉の背中を撫でた。子供のアーサーから見ても弱弱しいその背中で、この女性は必死で自分を守ってくれようとしている。親も居らず、血も繋がらない自分を。

アーサーの体の痣が消えかけた頃、男はやってきた。アーサーを指名し、いたぶって泣かせようとしたが、悲鳴の一つも上げないアーサーに飽きて帰っていった。暴行とも呼べるこの“仕事”は、アーサーが声変わりするまで繰り返された。

アーサーがボロボロにされる度に、優しい姉たちが「私と代わって」とアーサーに泣いて縋った。それに対して「俺は男だから耐えられるけど、あんなの姉さんたちが相手したら殺されるよ」と極力笑顔で答えた。笑うと殴られて切れた口の端が痛んだが、笑うことで姉たちを少しでも安心させたかった。

*

「アーサー、いつまであの野郎を生かすつもりだ?さっさと殺せばいいだろ?」

家が近所で幼馴染のウェット・スティックがえらく物騒なことを言う。彼の言う“あの野郎”とは、何年もアーサーの身体を苦しめる例の男のことを差している。しかし、アーサー自身がびっくりするくらい気を病むことはなかった。相変わらず姉たちはアーサーの為に泣いていたけれど。

「そうだよ。もうお前だって十分抵抗できるくらい強くなったろ?」

次いでバック・ラックまで口出ししてくる。彼らはアーサーが売春宿で育ったことや、アーサーの身に現在も起きている悲劇を知っていた。更に、彼がジョージの武術道場で日々鍛えていることも知っている。だからこそ言うのだ。『抵抗する時が来た』と。

「………そうだなぁ。」

アーサーは正直、“例の男”よりも、姉たちに手を上げる客の方が許せなかった。自分が相手してやっても良かったが『売春宿に女を買いに来た男が、男であるアーサーを相手にチェンジする』なんていうのは特殊なことだった。(そう思うと、今だにアーサーを指名している例の男は特殊中の特殊と言える。)
姉たちを不当な暴力から守りたかった。その為に強さが必要で、ジョージに武術の教えを乞い、体を鍛えてきた。『抵抗する時が来た』と言うのなら、そいつらから排除してやりたかった。

「やり返すか。」

アーサーが事もなげにそう言うと、ウェット・スティックとバック・ラックは「よしきた」「それでこそアーサーだ」と持ち上げた。彼らが思う敵と、アーサーが思う敵は少しすれ違ってはいたが、本質は同じだ。あの売春宿から“不当な暴力を排除すること”が目的だ。売春婦の人権などドブのように扱われるこの街で、彼らの意識は革新的なことだったが、3人にとっては単純な話だった。

そこからは至極簡単に事が進んだ。
アーサーがずっとやりたかったことを実行するだけだったからだ。姉たちを仕事以上に痛めつける男から救い、男に売春宿への出入り禁止を言い渡す。もしも再び来たのなら、店に入る前に追い返す。客足が途絶えるのでは、と心配した店主をよそに、意外にも店は以前より活気が増して栄え出した。“守ってくれる男が居る”と噂になり、他の店から女たちが移動してきてくれたおかげだ。その女たちが固定客を連れてきた。その中でも“悪い客”はアーサーたちが追い出した。目に見えて良い循環だった。

そんなある日、恒例にもなっていた“例の男”の来店の日がやってきた。

「なんだ?同じ店には思えないほど賑やかになったな。」

まるっきり雰囲気の変わった店内を見渡し、怪訝そうに言った。

「まぁ、いい。アーサーは居るか?」
「よぉ。おじさん。残念なお知らせなんだが、俺は職種が変わった。店の用心棒になったんだ。だからアンタとはもう寝ない。」
「なんだと?」
「だけど、まぁ、ここは売春宿だ。いい女は選り取り見取りだぜ。」
「なに訳のわからんことを言ってやがる!いいから部屋に案内して、いつもみたいに俺に泣かされてろ!」
「ちょっとアンタ!」

「アンタに泣かされた覚えはないけどな」とアーサーが反論するよりも早く、最初にこの男に暴行された姉の一人が、アーサーと男の間に割って入った。

「次からは私が相手してあげる。」
「俺はアーサーを指名してんだ!引っ込んでろ!」
「キャッ!」

男は女の頬を殴り、体の軽い姉は勢いで壁まで吹っ飛んだ。その騒ぎに店はシン…と静まり返り、たくさんの目が一斉にアーサーを見つめた。その場に居る全員が、アーサーがどんな男で今どんな仕事をしているのか知っていた。“例の男”を除いて。

「………姉さんを殴ったな?」
「ハッ!今更だろう!」
「そうだな。今までは何もできなかった。俺が無力なばかりに。」

男がアーサーの腕を掴んで部屋まで引っ張っていこうとするが、びくともしない。逆に男の手首を折られるかと思うような力で掴まれる。あまりの痛さに手を外そうとしても、これまたびくともしなかった。さすがに男は焦り始める。そういえばここ数年でアーサーは立派な男に成長した、と“今更”気付いた。でも遅い。

「もう暴力は許さねーからな。」


***


「それで?そいつは殺したんだろうな?」

グースファット・ビルが身を乗り出すように聞いてきた。


アーサーが広間に持ってきた円卓は、今は井戸端会議の場となっている。話の発端は「初体験はいつだったか」なんて、よくある話のネタだった。しかしアーサーの初体験の話は、その場に居る全員(幼馴染のウェット・スティック以外)の胃に重い何かを残した。
ビルに関して言えば、どこかアーサーに恋い焦がれているような節があるようで、声には深い怒りが籠ってるように聞こえた。

「いや」
「殺してねーんだよ、それが!」

アーサーが答える前にウェット・スティックが遮るように答えた。きっと彼も納得してなかった結末なのだろう。

「別に、殺すほどのことでもないだろ?」

あっけらかんとアーサーが補足するものだから、余計にビルの怒りは煽られた。

大切な家族を守れた達成感が、幼いアーサーの暴行される恐怖心や痛みを麻痺させた。アーサーが、“例の男”を殺すほども恨まなかったのは、姉たちをあの男から守れた達成感が、自身を酷く傷つけられた怒りをも麻痺させたからだ。

聡いビルにはそれが分かった。
分かったが、それでも。いや、だからこそ許せない。

「そんな男も許せるんだ!すごいだろ、こいつ!」

この世には心を読むメイジも居るらしいが、残念ながらメイジですらないウェット・スティックはそんな能力を持ち合わせていなかった。なので、ビルの怒りを余計に煽りながらアーサーを褒め倒すのは、最早しょうがないことだった。

(我らが命を懸けて遣えた王の息子が、あの可愛かった子供が、今の我が王が、過去とは言え、暴行の末に処女をどこぞの骨の馬に奪われたんだ。これが怒りを抱えずに居られるか。)

今にも火を噴けそうな程、ビルの腹はぐつぐつと煮え繰り返った。この怒りの発散方法は一つしかない、と彼は確信していた。

*

アーサーにあの売春宿を追い出されてから数年経った。あの後、どこの売春宿も出入り禁止にされた。アーサーが根回したのかもしれないし、あの場に居た女共の口から各店に伝わったのかもしれない。真相は今になっても分からない。
女にもアーサーにも相手にされなくなったあの男は酒に走るしかなかった。
仕事は低賃金で奴隷のように使われる日々。それでも、売春婦をこき下ろし、売春宿の少年をいたぶることで彼の虚栄心は保たれていた。あの日、アーサーに反逆されるまでの話だが。
今は酒に溺れ、近くを通りかかる女を路地に引き込み、暴行して暮らしていた。

「いやぁ!誰かー!助け…んぶっ」
「静かにしろ!殺されてーのか!」

「いやー…本当に懲りない奴だな。」

男が見知らぬ女を抑え込み、無理矢理致そうとしていたところ、男の背後から声がした。と同時に背中に激痛が走る。

「がぁああ!いってぇ…!な!?え!?矢!?なん、なんで…」
「ああ、でも、アイツがお前を殺しておかなかったせいで傷ついた女性も居るのかな。少し酷だが、アイツも知っておいた方がいい。伝えておくよ。今度から容赦するなって。」

男に襲われた女性にとっても、背中に矢が刺さった男にとっても皮肉なことに、今夜の満月は明るい。まさかこんな日に路地裏に引き込まれるなんて、まさかこんな日に…我が国一番の弓の名手に狙われるなんて。
太陽のように明るく街を照らす満月を背に立たれると、影が落ちて顏が見えない。弓を構えたままの男がどんな表情をしているのか分からない。

「お前、有名人だなぁ。どこの売春宿の女に聞いてもお前を知ってたぞ。我ながら情報収集に長けてるとは思ってたが、お前ほど簡単なやつは初めてだった。」

ひゅんと音がしたと思うと、矢が“例の男”の太腿を貫いた。

「ぎゃあああっ!」

男が痛みにのたうち回る。男からの拘束を免れた女性は、男を力いっぱい押しのけ、憎悪の限りを込めた目で睨みつけて去っていった。
それでいい。それが正しい反応だ。アイツにはそれが出来ないだけで。

「た、たすけてくれ…!もうしない!もうしないから!」
「………例えば、お前が明日から聖人君主のように生きたとしても、お前に傷つけられた人たちが救われると思うか?」
「殺さないでくれ…頼む…!」
「はぁ…、もういいよ、お前。」

「もういい」と言われ、男は助かったと思った。
全身から力が抜け、安堵から涙をぼろぼろ流しながら、ひっそり「こうなったのも全部アーサーのせいだ」なんて逆恨みした。今だにアイツが憎い。自分の虚栄心を奪い、居場所を奪った男。今や一国の王だなんて信じたくない事実だ。だって幼少の頃は自分に人形のように好き勝手いたぶられていた存在だ。どうしてこうなった。

男が生の喜びを噛みしめ、アーサーへの恨みを募らせていると、再び矢をつがえたらしい射手が無情な言葉を紡ぐ。


「どうせどんな答えだったとしても、俺はお前を許す気はない。楽に死ねると思うなよ?」


この場所は悲鳴が聞こえても誰も助けには来ない。
そういう場所だった。
女を襲う為に男がそう選んだのだから。

*

そういえば、とアーサーは少々重い頭をもたげながら昨日のこと思い返した。
昨日の井戸端会議の後、そのままの勢いでみんなで酒飲みをしたっけ。そうだ。したはずだ。
だがどうやって部屋に戻ったのかは覚えていない。誰かが酔っぱらう自分を送ってくれたか、四苦八苦しながらも自分の足で戻ってきたのだろうと推測した。
いつもなら、ビルが「仕方ない奴だ」とかなんとか苦言しながらもベッドまで運んでくれて、そのままビルを誘って体を重ねる。そう、“いつもなら”。

(けど、昨日、酒の場で…ビル居なかったよな?)

現に、アルコールで頭は重いが、体は抱かれた形跡がない。自分が眠っている間に綺麗にしてくれた可能性もあるが、それにしたって違和感が無さ過ぎる。酔っぱらう自分を放っておくような奴ではない、と自信もある。
つまり、昨日、ビルは一晩居なかった。

(それはそれで別にいいけど…どこ行ったんだろ…)

アーサーは目覚ましの水を飲みに炊事場に向かった。使いを呼べば水くらい甕で部屋まで持ってきてくれるのだが、どうにもまだ王族としても自覚が沸かず頼めなかった。

薄着でふらふらと廊下を歩いていると、早朝とは思えないほど健やかで、普段の彼から想像できないほど朗らかな笑顔をしたビルと鉢合わせた。

「あー、ビル…」
「おお、アーサー。おはよう。良い朝だな。」

ニコニコと擬音語がしそうな笑顔だ。アーサーは思わず「え?だれ?」なんて聞いてしまいそうになるのをグッと堪えた。

「な、なんか良いコトあった?」

アーサーが大層戸惑いつつもそう尋ねると、ビルは更に笑みを深め、情事でもしないような優しい手つきでアーサーの頭を撫でた。恐ろしいほど柔らかい雰囲気まで醸し出している。

(ええー…?なんだよ…きもちわるいな……)


優しい微笑みのグースファット・ビルが昨晩何をしていたか、我が王は知る由がない。


2017年8月10日