SANplusICHI

「反省しろ、まずはそれから」

ハロウィンと飴の話

せっかくのハロウィン話なので明るくてバカな話にしたかったはずなんですけど少し暗めな感じに…。



ウッドベリーの住民を刑務所に迎え入れ、その刑務所が出来て以来、初めてであろう子供たちの活気に溢れたハロウィンが行われることとなった。
死人に溢れかえるこの世界で死人や悪霊に扮する行事、というのはいささか皮肉なものではあるが、娯楽が少なく、すべき仕事もない子供たちにとっては待ちに待った大イベントになっていた。
これは、刑務所やその周りが落ち着き始めた頃に、子供たちの面倒を見ていたキャロルが言い出したことだった。

「子供たちもこの生活に飽き始めていることだし、せっかくだからハロウィンをやってみない?」

もちろん最初は賛否両論であった。「生活するのだけでいっぱいいっぱいなのに」とか「そんなことやっている場合ではない」とか「死人がそこらじゅうに闊歩していていつだってハロウィンじゃないか」だとか。反対派に圧されて項垂れるキャロルの背中を押し、開催するまでに至らしめたのは

「いいんじゃないか?やってみても。ただしカボチャは無いぞ」

と言ったリックだった。この時にはすでにリックはリーダーの座から退き、銃も持たずに農作業をしているだけの存在ではあったが、今までの彼の功績を全員忘れているわけではなかった。だからこそ、それが鶴の一声になり、この度、刑務所でハロウィンが開催されることとなった。

守られる塀が有り、対抗できうる武器もあるとは言え、毎日がリアルに死と隣り合わせの中で、唯一楽しみが出来た子供たちは目に見えて喜び、刑務所にある有り合わせでハロウィンの衣装をみんなで作り始めた。それを「ばからしい」と思っている子供はカールくらいのものだったろう。大人たちも楽しそうにハロウィンの準備をする子供たちを見て微笑ましく思っていた。


そして本日、来るべき時が来たわけである。
夜に外で騒がしくするとウォーカーを寄せ付けるので、あまり騒がず刑務所内だけですることを条件に、ハロウィンの醍醐味であるお菓子巡りが行われたのである。

「「トリック・オア・トリート!」」

リジーとミカが姉妹で魔女の恰好をしてリックの独房に訪ねてきた。
もちろん、都合よくお菓子があるわけでもないのは子供たちも十分わかっているので「トリック・オア・トリート」のセリフと共に大人たちから何か貰うというスタンスだけの楽しみである。

「やぁ、よく来たな。可愛い魔女さんたち。」

リックは二人の頭を撫でながら、用意していた飴を1つずつ手渡した。

「え!?キャンディ!?」

リジーは驚きながら手元を見た。まさか本当にお菓子を貰えるとは思っていなかった。

「2つしか無かったんだ。他の子には秘密にしておいてもらえるかな?」

リックがしぃーっと人差し指を口元に当てて「秘密」なんだという動作をすると、二人は首がちぎれんばかりにコクコクと頷き、小声で「ありがとう、リック」とリックの耳元でお礼を言ってから、次の人の独房にスキップしていった。誰がどう見ても『何かイイモノを貰えた』という動作だったが、それを咎める気などリックには毛頭無かった。

彼女たちにも秘密にしていることだが、実はリックは飴をもう1つ持っていた。
彼の息子であるカールは、今回のハロウィンを快く思っていない人間のうちの一人だったが、彼はカールにその飴を渡したかったのだ。
リックは、カールをいつまでも子供だと思ってるわけではない。もう少し子供でいさせてやりたかったが、それを不可能にしたのは自分であると思っていた。
リックが殺しきれなかったリックの友人を終わらせたのは、その友人をもう1人の父のように慕っていたカールだったし、リックの妻であり、カールの実の母親であるローリを終わらせたのもカールの手によるものだった。
彼は刑務所内に居るどんな子供よりも辛い想いをして、子供という立場を捨てた子供なのだ。
だからリックは今日くらいは、カールを子供扱いしてやりたかった。
他の子供と同じように、親として子供を甘やかしてやりたかった。


ところで、銃を持たないリックがどうやって飴を手に入れたのか。
刑務所内を清掃している時に見つけた?
武器も持たずに1人で外に出て町で見つけた?
それもとたまたま飴が3つ落ちていた?
どれも答えはNOだ。

リックは、外に出て物資調達する係であるダリルにこっそり「何かハロウィンに子供たちに渡せるものを探しておいてほしい」とお願いしていたのだ。
そしてダリルが見つけてきたのが飴3つ。
スーパーのお菓子棚は空っぽであったが、レジスターの中に店員が隠していた3つの飴をたまたま見つけたのだ。それらを一緒に物資調達に来ていたサーシャ達にバレないように無造作ズボンのポケットにつっこんで持って帰り、リックに渡したのだった。
というのが答えだ。


ダリルはリックの頼み事なら割りとどんなことでも聞いていた。
それは彼がリックに感謝と尊敬の念を抱いているだけではなかったからだ。ローリがまだ存命の頃からダリルはリックに敬愛や友情以外の愛情をリックに向けていた。
つまり、ダリルはリックのことが好きだった。
リックを抱きたいとさえ思っていた(リックが望むのなら抱かれる側でも良かったようだ)。
だが、リックがローリを愛しているのは周知の事実だったので、その気持ちを尊重し、リックが余計なことで困らないように、ダリルはそのことを一生言わないつもりでいた。しかし、ローリが死んだことでリックは一気に狂っていき、弱くなり、誰かが支えてやらなくてはいけなくなった。

その時に、ダリルは弱々しく見えたリックに劣情を抱いて手を出してしまったのだ。
それは見る人が見れば『弱みにつけ込んだ』と言えるかもしれない。しかし、それでも精一杯愛情を注ぐダリルをリックが突き放せなかったのもまた事実なのである。きっとその時のリックにはそういった存在が必要だったのだろう。
そうして二人は秘密の関係を結ぶこととなった。
誰から見てもダリルはリックに甘いが、それは今までだってそうだったから、リックが普通にしていれば二人の関係に気付く者は居なかった。ダリルは今まで以上にリックを慕ったが、リックはそれに居心地の悪さを感じてはいなかったので二人の関係は現在も滞りなく続いていた。


そんな折りに行われた今回のイベント。
二人の関係に多少のスパイスがあっても、リックは今更自分を切ったりはしないだろうと少しだけ…、本当にほんの少しだけ自信がある、と過信していた一時間前の自分を殴りたい。
そう後悔しながらダリルは1人、リックの独房の前に立ち尽くしていた。

(だめだ、やめとこう…)

ダリルは昔からハロウィンという行事に憧れていた節はあった。
ハロウィンを楽しむような家庭環境ではなかったので、子供の頃からハロウィンの時期は我慢や自制しなければならないことが多くて、あの祭りのような雰囲気は好きじゃなかった。楽しみたくても楽しめないのは子供としては辛い思い出にしかならなかった。

ため息をつき、ばつが悪そうに頭を掻きながら立ち去ろうとしたところで声をかけられた。

「ダリル?」

ダリルが会いに来た目的の人物であるリックに。

「それは…ガスマスクか?ハロウィンのコスチュームで?」
「あ、あぁ…」

(ああ、今更すげー恥ずかしくなってきた…)
大人である自分まで子供たちのようにハロウィンを楽しもうとしてるなんて、急に馬鹿馬鹿しく思えて、恥ずかしくてしょうがない。

「はははは。そうか。でもそんなのどこにあったんだ?」
「別に探してたわけじゃねーけど…」
「くっ…くふふ…」
「…笑うなよ」
「すまない、だってお前がハロウィンの日に仮装なんて…ふふふ…いや、似合ってるぞ」

リックに涙目になるほど笑われて、ダリルの顔はガスマスクで隠れてはいるが真っ赤になっているだろう。

「っ…と、」
「うん?」
「…トリック・オア・トリート」
「ああ!えっと…うーん。今、何もあげられる物は無いなぁ…」
「じゃあ、トリックの方だな」
「ほう。何をされるんだろう?」

リックは「生卵をぶつけるのは勘弁してくれ。きっと腐ってる」とくすくす笑った。

「…飴があるから、キスしてくれよ」
「は?」
「もう1つだけ飴がある。それをアンタが咥えて…」
「キスしろと?」

人生の中でこんなにもガスマスクをしていて良かったと思うことがあっただろうか?
今のダリルの顔は誰かに見せられたものではないだろう。ダリル自身、自分がどんな顔をしているのか想像がつかないでいる。

「ダリル」
「…やっぱ、いい!忘れてくれ」
「ガスマスクしたままじゃ出来ないだろう?」

リックがダリルのしていたガスマスクに手をかけて、丁寧にはずしてやった。ダリルといったら、自分が提案したことではあるが、唖然呆然と固まっている。

「飴は?」
「………」

言われるがままに手に握り締めていた飴をリックに渡した。今だダリルの頭はフリーズ中だが、リックは飴の包装紙をめくり、自分の口に咥えて「んっ」と唇を突き出してキスを促した。
飴を手渡した時のように促されるまま、ダリルも口で飴を受け取った。『キス』というよりは『飴を口でパスするゲーム』のように淡々と行われた。どちらにせよ盛り上がりには欠けるが。

「今ので良かったのか?」

(オイオイ、ダリーナちゃんよ。ハロウィンに託けて保安官にでぃ~ぷなキスするつもりだったんだろう?このタマ無し野郎め。)
脳内で死んだはずのメルルが悪態をつく。
よく「天使と悪魔が」なんて例えられるが、ダリルの悪魔はどうやらメルルの姿をしているようだ。

「もっとがっつかれるのかと思ったのに」
「?」
「あの時みたいに」

あの時。そう、あの時だ。
初めてダリルがリックに手を出した時は、その後の身の振りも考えずに劣情に流されて、弱っていたリックを力任せに抱いた。アレはどう見ても確かに『がっついていた』。

「あ、あの時は、その」
「謝るなよ」
「っ…」
「謝るな、絶対に」
「リック」
「別に有耶無耶にしたいわけじゃないが、謝られると惨めだし、何よりお前を追い出さなくちゃならなくなる」
「………」

たやすく劣情に流されて他人を攻撃するような人物を、この場所に置いておける余裕などないのだ。
それだけでなく、リックがダリルの気持ちを受け入れてしまえば、今のような関係ではいられなくなる。あの時にダリルがしたことは簡単に許せるようなことでは無かったが、彼が必要であるのにも間違い無かった。リックを否定しない存在であるダリルに頼るのは、リックにとっても楽だったからだ。
しかし、ダリルに全てを委ねられるほど、リックは彼をそういう意味では愛していなかった。リックにとっての最愛はローリだけなのは今も変わりはない。ダリルが代わりになれる話でもなかった。

【ダリルはリックを愛していて、リックの最愛になれなくても構わない(なりたいとは思っているが)】
【リックはダリルを愛していないが、ダリルを突き放せるほど愛せないわけではない(優柔不断なのかも、と自己嫌悪しているが)】

そんなわけで2人はお互いに泥沼にハマっていくような関係を続けてしまっている。
咎められる者もおらず、離れられる状況でもない。だからこの微妙な均衡は保っていかなければならないのだ。

「さて。カールに飴を渡してくるよ」
「あ、あぁ」

リックが彼自身の独房から去り、カールを探しに行くのを見送り、ダリルは先ほどまでリックが横になっていたベッドに突っ伏した。

(リックの匂いだ…)

その匂いはダリルに愛しさを込み上げさせるようだった。
こんなにも人を好きになったことがあっただろうか。それも、どうしたって絶対に手に入らない人を。


リックはというと、カールを図書室で見つけていた。
その場には本に夢中になっていてリックが来たのにも気付かないでいるパトリックだけだったが、念の為…とカールだけ呼び寄せた。

「カール」
「どうしたの?小声で」
「みんなには秘密にしてほしいんだが…」

そう言ってカールに飴を手渡した。

「…!どこにあったの?」
「ダリルが街で見つけてくれた」
「まだあるの?」
「秘密にしてほしいと言ったろ?」
「なるほどね。わかった。ありがと!」
「ああ、いいんだ」

カールが嬉々として包装紙を開け飴を口に放り込むのを見て、子供らしいカールの反応を見れてリックはホッとしていた。彼にもまだ子供の部分が残っていて良かったと心から思えた。
と、同時に先ほどのことが頭によぎった。

(さっきはただの『キスゲーム』だったけど…当分は飴を見る度に思い出しそうだな)

カールの、飴を含んでリスのように膨らむ頬を見ながら思い出していた。
ダリルも同じような食べ方をしていたのを。
ダリルとくだらないゲームをした後での更にくだらない話を。





まぁ、この荒廃した世界で、たまたま飴を見つけることがあればの話だけれど。




2014年11月1日(あれ…ハロウィン過ぎてる…)